2009年6月15日 (月)

ジブチばいば~い。

2年間のジブチ生活が終わろうとしている。
浦島太郎は2年ぶりに日本の地に足を踏み入れる。
…てか、帰国前日やのに全く帰る実感が沸かない(笑)
  
もうずっとジブチで生活するんだろうなー
日本には帰れないんやろなーって2年間錯覚を起こしてた(笑)
だから、日本に帰ることが不思議でならない。
日本に降り立ったら実感が沸くのかな。
そして、日本の波に飲み込まれていくのかな。
  
来て1年ぐらいはもう海外には出ない!俺は日本で暮らす!って公言してたけど、今となったらまた海外に出て行ってもいいいかなとも思う。
 
昔から学校の英語の授業が嫌いで、やっぱりフランス語も机に向かって勉強することなく過ごしたから人より上達が遅かったけど、今は全然日常会話はできるし、言いたいこともずばずば言うこともできる。
一番いい事は、フランス語でジブチ人と笑い合えることかな。
あー上達してるなって思う。
言葉ってすごいね。
  
ジブチの2年間は、波の激しい日々だった。
いいこともあるし、悪い事もある。
それをどうやってうまく波に乗っていくかのテクニックが試される国でもあった。
自分の中でどう解釈するかで、全てが変わってくる。
時に、波に飲み込まれたときもあったが、必ず誰かの救いの手があった気がする。
  
まあ、普通の人が経験できないことを経験できて本当に良かったと思う。
これからの人生の糧にできたらいいと思う。
  
最後に、2年間じぶちじゃ~なるをご覧になってくださった皆様、本当にありがとうございました。
少しはジブチの様子、途上国の様子を伝えれたかなと思います。
この日本とは全く違う様子を、どう解釈するかはあなた次第です。
何かを感じて頂けたら幸いです。
 
このじぶちじゃ~なるは、数ヵ月後もう一度、2年ぶりに帰国した浦島太郎の奮闘ぶりを更新し、終了とします。
 
さよなら、ジブチ。

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2009年5月31日 (日)

アルタの家族。

アルタでの家族、サーダ家を紹介する。
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お母さん:サーダ(2列目左2番目)
とても明るいお母さんで、いつも笑顔で接してくれる。
アルタで初めての日本人を快く受け入れてくれた。
数年前に夫を亡くし、この家の主であり午前中は働きに出ている。
  
長女:サレド(1列目右)
働きに出ているお母さんの代わりに、家事の全般を担っているサレド。
働いている姿しか見たことないくらい、良く働くしっかりもののお姉さん。
思春期なのか、俺と話すときは恥ずかしそうに話すのが印象的だった(笑)
 
長男:サディック(1列目左2番目)
サーダ家唯一の男。
俺の相棒である。
何をするときも行動を共にしていた。
いつも俺の部屋にいて、勉強したりトランプしたりして過ごしていた。
  
次女:ジョハラ(1列目右2番目)
サレドと一緒に家事を担うジョハラ。
サッカーが大好きで、俺があげたボールをパンクさせるまで遊んでいた(笑)
  
三女:アシェラ(1列目左)
まだまだやんちゃなアシェラ。
サディックとアシェラと俺でよく遊んでいた。
    
ここまでがサーダ家族だ。
他の人たちは親戚で、よく遊びにきている人たちだ。
 
親戚:ハビバ(2列目真ん中)
サーダの妹。
よく家に遊びに来ていて、サーダと同じくいつも明るい。
ハビバはフランス語が堪能で、あまりフランス語が得意でないサーダによくソマリ語で通訳をしてもらっていた。
  
親戚:ピョン(2列目左)
近くに住んでいる親戚ピョン。
活動もいろいろと手伝ってくれた。
よく、夜に外に出て将来について語っていた。
  
以上が、俺のアルタの家族だ。
皆、俺のことを本当の家族のように受け入れてくれた。
アルタで活動ができたのは、皆のおかげだなと思っている。
  
協力隊の存在を知った高校生のとき、当時は協力隊のイメージはテレビでやっていた「ウルルン滞在記」のような感じだった。
  
もちろん、実際は違う。
でも、アルタでの2ヶ月は本当にそんな感じだったように思う。
現地の家に入って衣食住を共にし、何をするにも現地の人が一緒だった。
大変なことも多かったが、「住めば都」とても心地良い環境だった。
 
あと朝起きて、「おはよう」と言える人がいることがどれだけ嬉しいことか身に染みた。
首都ではずっと一人暮らし。
今は朝起きて「おはよう」言うことはないから、何だか寂しい気持ちになる(笑
 
そんなことを思うと、いろいろあったけどアルタは楽しかったなと思える。
 
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2009年5月 8日 (金)

アルタでの生活。

地方アルタから戻ってきた。
ブログにアルタであった出来事をいろいろと書いていくことにする。   
今回は、アルタでの生活を紹介。
  
アルタは首都からバスで1時間半ほど行った小さな町。
山の上に町があるから首都より涼しく過ごしやすい。
そして、景色がとてもきれいだ☆
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前にも書いた通り、アルタに日本人が住むのは初めてで、最初は何だか町の人たちも見慣れてないからぎこちない感じだった(笑)
だがそれが良かったのか、他の地方で見られる罵声や投石も少なく、町中がアットホームな感じで過ごしやすかった。
  
俺のアルタでの住居は、ジブチ人の家の1部屋を借りるホームステイのような感じ。
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家族の紹介は次回書くことにする。
この家は、電気は一応あるが水道はない。
毎週月曜に共同の水道からホースをのばして一週間分の水を貯める。
だから、水は無駄使いできない。
水浴びも数日に一回という感じだ。
  
そして、トイレは小さな穴が一つあるだけの「空間」。そこで水浴びもする。
3月に来た新隊員が俺の家に研修として何日か泊まったのだが、このトイレにショックを受け、水浴びもトイレもできないで我慢していたらしい(笑)
まあ慣れたらこっちのもんですわ。
ピンポイントに穴にコトをするのが案外むずかしい(笑)
 
食事は、町に3ヶ所レストランがあり、朝・昼・夜とローテーションで食べていた。
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どの店に行ってもメニューは一緒だ(笑)
昼はパスタかご飯(味は全部ミートソース味)。
夜は肉の炒め物(小さく刻んだ肉とジャガイモと玉ねぎを炒めたもの)。
朝はレバーの炒め物。
朝のレバーのやつはソマリ語で「ベール」というのだが、これがうまい!!
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レバーはすぐ腐るから、ヤギを解体した朝しか食べれないのだが、ジブチ人にも人気で朝早く行かないと食べることができない。
  
夜はぷらぷら星を見ながら散歩していた。
首都では、星を見ることも静かに散歩することもむずかしく、これはとても良い気分転換になった☆
 
写真はたくさん撮ったから、他の写真は今度マイフォトで公開することにする。
次回はアルタでお世話になった家族について。
 

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